関西国際空港の出発ロビー。
ざわざわとした人の波の中で、ひときわ強い声が響きました。「どうなってるんだ!」「返金しろ!」


はじめに──空港のざわめきの中で

2025年10月初旬、ベトジェットエアのカウンター前で起きた出来事です。
行き先はハノイ。秋のベトナムを楽しみにしていた人たちの旅が、突如としてストップしてしまいました。

原因は機材トラブルによる欠航
けれど、本当の混乱はその後に起こります。

欠航の現場で起きたこと

カウンターに詰め寄る乗客たち。
そして、そのカウンターの中にいたのは、航空会社から委託を受けて空港で案内を担当していたハンドリング会社のスタッフ。つまりベトジェットの社員ではない人たちで、最前線に立ちながらも、会社の決定権は持っていない人たちです。

彼女たちは繰り返しました。

「申し訳ありません、私どもには権限がなく……」

それでも、怒号は止まりませんでした。
この様子を撮影した動画がSNSで拡散し、「なぜ社員が不在なのか」「説明責任はどこにあるのか」と、大きな議論へと発展していきました。

LCCの“ギリギリ経営”という綱渡り

LCC──格安航空会社は、低運賃を実現するために機体をフル回転させています。
たとえるなら、「24時間営業の激安スーパー」が、棚卸しの時間すら削って営業しているようなもの。
だから、一つ歯車がずれると、次の便、そしてその次の便にも影響が連鎖してしまう。
大手航空会社なら予備機を出したり、他社便に振り替えたりもできますが、LCCはそうした余裕を持たない構造です。

結果として、トラブルが起きた瞬間、現場は完全に手詰まりになります。
それでも、カウンターの前では人々が答えを求める──そのギャップが、混乱をさらに広げてしまったのです。

現場スタッフは「決定権を持たない人たち」

SNSで拡散した動画の中に、印象的な言葉がありました。

「ベトジェットの社員は日本にはいません。」

出典:グローバルニュースアジア

この一言に、LCCの現実が凝縮されています。
コストを抑えるため、現地空港に社員を常駐させない。
その結果、トラブルが起きたときに、説明も判断もできる人が現場にいないのです。

怒号を浴びながら対応していた女性スタッフは、ただ「お客様を案内する」ために立っていた人。
それでも、怒りの矛先は彼女たちに向かいました。

「誰も悪くないのに、誰かが責められてしまう」
この構図は、いまの社会の縮図のようにも感じます。

怒りの矛先とカスタマーハラスメント

もちろん、乗客の気持ちも理解できます。
せっかくの旅行が台無しになれば、怒りや不安がこみ上げるのは当然です。

でも、その怒りが「現場の一番弱い人」に向けられてしまうとき、それは“クレーム”ではなく、“カスタマーハラスメント”になります。

怒りは一瞬で広がりますが、やさしさは少し時間がかかる。
だからこそ、社会全体で「やさしさの待機時間」を持つことが大切なのかもしれません。

「怒るより、深呼吸してみよう」

旅先では、思い通りにいかないことなんて山ほどあります。
飛行機が遅れる。荷物が出てこない。ホテルが満室、汚い・・・

でも、怒っても飛行機は早く飛びません。
むしろ、地上で熱くなっても気圧は上がらないのです(つまらない、ね💦)

もしあのとき、カウンターの前でみんなが一斉に深呼吸していたら──ちょっと落ち着こうと声をあげてくれる人がひとりでもいたら・・・あの空港の空気も、少しやわらかかったかもしれませんね。

社会全体の“余白”を取り戻すために

2025年6月からは、企業にカスタマーハラスメント対策の義務が課されました。今後は、委託先スタッフを含めて、従業員を守る体制が求められます。

たとえば:

  • リモートで本社社員が説明に参加する仕組み
  • 現場スタッフの権限を明確にするマニュアル
  • そして、理不尽な要求から守る安全体制

ベトジェットの件は、単なる欠航トラブルではなく、社会全体の「余白のなさ」を映し出した事件だったのかもしれません。

働く人も、利用する人も、企業も、みんなギリギリで頑張っている。
そんな時代だからこそ、やさしさという「余裕」が、もっと必要なのだと思います。

さいごに──怒りではなく、やさしさを

あの日の空港の怒号を見て、グランドスタッフ時代を思い出しました。
できることもあれば、できないこともある。
決して邪険にしているわけでもないし、どうにかしようと必死だけど・・わかってもらえないもどかしさ。
こういう状況に陥ると・・・
大好きな仕事が、大嫌いな仕事になっていくのでは、と思い悩むことも多かったのです。
怒りではなく、やさしさを。
そして、少しの笑いを添えて。
そんな願いを込めて、今日も私は空を見上げます。

欠航しても、心までは止まらないように。


✈️ 参考(出典記事):2025年10月12日付各社報道
 「関西国際空港でベトジェットエアの便が欠航 社員不在でカウンター混乱」
VietJet Air公式情報、およびSNS上の利用者投稿(2025年10月時点)
厚生労働省「改正労働施策総合推進法(カスタマーハラスメント対策の義務化)」2025年6月施行