
今日は、空港でよく(よく?)発生する「オーバーブッキング」についてお話しようと思います。
Xに投稿されていたポスト
全日空のサンフランシスコ発羽田行でこんなご案内が配られていたようです。
ANA SFO支店
“協力金 USD1550.00 お支払い致します”
驚くような金額です。
たった一便遅らせるだけで1,550ドル——日本円にして20万円以上。
航空会社は「次の便に変更してくれる方」を探していました。
アメリカの空港では、これは珍しい光景ではありません。
いわゆる「オーバーブッキング(過剰予約)」への対応です。
満席の向こう側にある「計算」
オーバーブッキングとは、航空会社が「実際の座席数より多くの予約」を受けることです。
多くの方が「それって違法では?」と思われるかもしれませんが、実はアメリカでは合法的かつ制度化された運用になっています。
理由はシンプルで、飛行機の世界には「欠航率」や「ノーショー(予約して来ない人)」が存在するからです。
突然のキャンセル、乗り遅れ、乗り継ぎミス——。
航空会社はそれらを長年の統計から予測し、あらかじめ少し多めにチケットを販売することで、空席を減らし効率を高めているのです。
その結果、座席稼働率が上がり、航空運賃を安く保つことができます。
つまり、私たちがお得に空を飛べるのは、この「ぎりぎりの調整」のおかげでもあるのです。
アメリカでは、乗客の権利が明文化されている
とはいえ、すべてがうまくいくわけではありません。
想定以上に乗客が集まったとき、
ゲートで“USD1550”の紙が配られる瞬間がやってきます。
アメリカでは、このオーバーブッキングに関して明確なルールが存在します。
それを定めているのが米国運輸省(DOT: Department of Transportation)です。
DOTの規定では、
まず航空会社が、降りてもいいですよという
「ボランティア」を募ります。
つまり、自発的に便を変更してくれる乗客を探すのです。
このときに支払われる金額は、航空会社と乗客の合意で決まるため、まさに交渉が成立する瞬間でもあります。
一方で、誰も応じず、強制的に搭乗できない乗客が出た場合は、法律で補償額がしっかりと定められています。
- 2時間未満の遅れ:運賃の50%(上限775ドル)
- 2〜4時間の遅れ:運賃の200%(上限1,550ドル)
- 4時間以上、または代替便なし:運賃の400%(上限1,550ドル)
そして支払いは現金または小切手でなければなりません。
クーポンやマイルで代用することはできないのです。
この「USD1550」という数字は、法律で定められた最大補償額を意味しています。
「強制降機事件」が変えた空のルール
この制度が明確化された背景には、2017年に起きたあの事件があります。
ユナイテッド航空の「強制降機事件」です。
オーバーブッキングで選ばれた乗客が拒否したところ、警備員によって機内から引きずり出されるという映像がSNSで拡散。
世界中が衝撃を受けました。
この事件をきっかけに、DOTはルールを強化しました。
- 乗客を強制的に降ろしてはならない
- ボランティアの優先を徹底する
- 補償額の上限を引き上げる
つまり、いまゲートで見かける「USD1550の紙」は、あの事件の反省から生まれた、“穏やかな交渉”のための制度でもあるのです。
日本には、まだ“交渉の文化”がない
一方、日本ではどうでしょうか。
JALやANAでもオーバーブッキングは起こりますが、その補償内容は各社の自主基準に委ねられています。
現金ではなく、ギフト券やマイル付与といった形が一般的で、アメリカのように法律で上限や支払い方法が決められているわけではありません。
背景には文化の違いがあります。
アメリカでは「交渉する権利」そのものが制度の前提にありますが、日本では「会社の判断を尊重する」姿勢が根強いのです。
同じ満席でも、制度が違えば乗客の立場も大きく変わることを、この紙切れ1枚が物語っています。
満席の空は、人の社会そのもの
空港のゲート前で配られる一枚の紙。
そこには、法律と歴史、そして人の心理が詰まっています。
オーバーブッキングは、単なるトラブルではなく、社会の縮図だと私は思います。
効率を求める企業と、権利を守りたい個人。
その間をつなぐのが、法律という第三の翼。
アメリカでは、それが「1,550ドル」という数字で表され、日本では、まだその翼は小さなものかもしれません。
けれどいつか、日本の空にも——
「堂々と交渉できる乗客」と「誠実に応じる航空会社」が、もっと当たり前に存在する未来が来てほしいと思います。
✈️ おわりに
わたしも現役時代、この「オーバーブッキング」の処理に本当に苦労しました。
毎日、全便20人~、多い時で50人ほどあふれているのです。
リゾート便以外はほとんどのお客様が外国人で、ボランティアを募ればそれなりに集まってくれたので、不思議と全便ぴったりと収まって出発していくものでした。
あるフライトでは、5日連続で5人家族が協力してくれたことがあり、
6日目には「え、今日はやらないの?」(笑)と言われたことも。
翌日の出発までのホテル代、交通費、食事代に加えて、ひとり(たぶん)5万ずつお支払いしていたのです。
「おかげでひと財産、築けたよ」
満面の笑みで去っていく姿をみて、なんだか幸せなのか複雑なのか・・・
わからない感情だったのを覚えています。