航空会社のお仕事コラム【グランドスタッフ編】1

天気図が雪雲に覆われだした夕方。
空模様が示すのは、ただの天候悪化ではありません。
現場のグランドスタッフにとっては「胃の痛みのお知らせ」です。

到着機は着陸できず上空で待機、出発機はゲートから動けず。
滑走路は制限され、電話機は鳴り止まず、電光掲示板は「赤い表示」がどんどん増えだしていく・・・・

カウンターの前では、
「まだですか?」「接続便はどうなるんですか?」「責任者、どこ?」
質問という名の嵐がびゅーびゅーと吹き荒れています。

スタッフ1人 対 乗客400人

一方で、私たちの頭の中は常に「10分後」を必死に予測中。
グランドスタッフは天気予報士であり、交渉人であり、パズル職人でもあるのです。

「振替手配したいけど、どこも欠航か満席!」
「ホテル?関東1都5県全部満室!」
「保安検査場でお客様が暴れているらしい!」

もう、冷静な予報も交渉もパズルも全部不可能になり、ひたすら米つきバッタのように頭をさげるしかありません。

そして、今も忘れることができない一夜があります。

ホテル・ジャンボ事件—空港に夜が降りた日

以下、当時(1992年)の記録を交えます。ジャンボホテルにようこそ!

雪が降り出したのは午後。
出発便が機体に積もった雪を溶かすディアイシングのため遅れると、もう負のスパイラルは止まりません。到着機はゲートに入れず、飛行機と遅延は空港に積もっていきます。

整備士さんやグランドハンドリングの皆さまも必死にディアイシング中

そして、ホテルが…ない。
本当に、1室も。

よりにもよって、その日は「セントバレンタイン・デー」
愛を育む日、というカレンダーの文字とは裏腹に、現場は修羅場です。

泣く泣く覚悟を決め、
「本日ご宿泊は機内でございます」
そう、ホテル・ジャンボの開業です。

満席のジャンボ旅客機、まるまる1機分。
怒号、怒号、そして怒号。
もぅ、ここまでくると肝が据わってくるってものです。
一晩、ご一緒に過ごさせていただくのですから。

素人キャビンクルーの誕生

ここで新たな問題。乗務員の勤務時間制限。

安全のため、定められた時間を超えて勤務できません。
つまり、コックピットクルーも客室乗務員も残しておけないのです。

では、誰がお客さまにサービスを??

答え:グランドスタッフです。
(**あくまでも、私が勤めていた会社でのお話です)

「にせ客室乗務員」の誕生でした。

オーブン?触ったことがないよ!
カート?どこを押せばいいの?
ロールパンよ!転がるの速すぎ。

実は日本ベースの乗務員が一人残ってくれることになり、グランドスタッフに短い教育を施してくれたことはくれたのですが・・・
カートは座席にガツンガツンと当たるし、制服がコーヒーやドレッシングまみれ。
停止しているのにこれなのだから、揺れる機内でビクともしない彼女たちって、ある意味すごい。

怒りの矛先が変わる瞬間

怒涛の食事サービスがやっと終わり、暗くなった機内を毛布やお茶を持って回っていると・・
怒っていたお客さまの表情が、ふと、溶けているのに気がつきました。

「やっぱり日本人が入れてくれるお茶はおいしいわねぇ。安心するわ」
「お食事はとられたの?」
「いつもは地上に?へぇ、慣れないお仕事で大変だね」

その一言一言が、胸に刺さります。
怒鳴られるより、ずっと深く。
トイレに籠って泣いたのは言うまでもありません。

夜が明ける—手を振る意味

©ゆみぞう

その飛行機は、無事に出発。
目的地に向けて滑走路に出ていく機体に向かって・・・
私たち「にせ客室乗務員」は、制服のあちこちにミールサービスの残骸と、目の下にどす黒いクマをつけ手を振り続けました。

なにより感動したのは、たくさんのお客さまと乗務員が窓から、思い切り親しみを込めて手を振ってくれていたこと。
目に染みたのは、朝日だけではありませんでした。

お互いに「ありがとう」

飛行機が滑走路へ向かう後ろ姿が見えなくなるまで、
手は止まりませんでした。

どんな状況下でも、旅は続いていく

グランドスタッフは華やかな制服の裏側で、
怒り、感謝、焦り、達成感…
ありとあらゆる感情が交差する瞬間を支えています。

飛行機は「旅の始まり」を運ぶ乗り物。
そして地上にいる私たちは、
その旅が途切れないように、手と手を会話でつなぐ役目です。

どんな状況でも
最後に届けたいのはひとつ。

「あなたの旅は、まだ終わっていません」

空が荒れる日は、ドラマが地上に降りてきます。
そして今日もその中心で、グランドスタッフたちは走り続けています。