
空の上では時として、私たちの想像を遥かに超える「まさか」のドラマが起こることがあります。
今回は、2024年の瀬も押し迫った12月に起きた、航空史に残るであろう(ある意味で)伝説的な珍事をご紹介しまう。
主役は、オランダの名門「KLMオランダ航空」と、最新鋭のハイテク機「ボーイング787」。
そして、もう一方の主役は……なんと、「100頭のブタさん」です。
優雅な空の旅、のはずが……?
事の発端は、2024年12月13日のことでした。
アムステルダムのスキポール空港から、メキシコシティへ向けて飛び立ったKLMオランダ航空685便。
使用機材は「ドリームライナー」の愛称で知られる、ボーイング787-9型機です。
この飛行機、乗ったことがある方はご存知かもしれませんが、機内の湿度が保たれていたり、気圧の変化が少なかったりと、とっても快適なハイテク機なんですよね。
259名の乗客を乗せ、飛行機は順調に大西洋上空へ。
美味しい機内食も終わり、映画を見たり、ウトウトしたり……そんな平穏な時間が流れていたはずでした。
ところが、離陸から6時間が過ぎた頃、機内の空気が一変します。
「……なんか、臭くない?」
最初は誰かの気のせいかと思われたその臭い。
しかし、時間は経つにつれて強烈になり、客室だけでなく、なんとコックピットにまで漂い始めたのです。
それは、トイレの臭いとも、焦げ臭い匂いとも違う、なんとも表現しがたい、強烈に鼻をつく「獣(けもの)」の臭気でした。
犯人は貨物室にいた!
ハイテク機の換気システムをもってしても消しきれない、この謎の悪臭。 原因は一体何だったのでしょうか?
実はこの便、乗客の荷物と一緒に、貨物室にある特別な「お客様」を乗せていたのです。
それが、100頭の生きたブタたちでした。
通常、航空機で動物を輸送することは珍しくありません。
競走馬や動物園のパンダ、そして家畜たちも空を飛びます。
もちろん、臭いが客室に漏れないよう、空調システムはしっかりと制御されているはず……なのですが。
この日は何かが違いました。
換気システムの不具合だったのか、それともブタさんたちが長旅のストレスで想定以上の「ガス」を発してしまったのか……。
その臭いはあまりに強烈で、パイロットたちが「これ以上、操縦に集中するのは無理!」と判断するレベルに達してしまったのです。
機長の名言「新鮮な空気が吸いたい」
ここで、この事件を語る上で欠かせない「名言」が生まれます。
耐えかねた機長は、管制塔に連絡を入れました。 普通、緊急着陸の理由といえば「エンジントラブル」や「急病人」ですよね。でも、機長が伝えた理由は、あまりにも人間味あふれるものでした。
「貨物室からの臭いが原因だ。おそらくブタだと思う」
そして、こう付け加えたそうです。
「我々には、新鮮な空気の休憩(Fresh air break)が必要だ」
“Fresh air break”……なんて素敵な響きでしょうか。
でも、その実態は「ブタの臭いから逃げるための緊急着陸」。
パイロットだって人間です。
どんなに最新の計器に囲まれていても、臭いものは臭い。
この正直すぎる判断に、なんだか少し親近感を覚えてしまいます。
バミューダでの長い一夜
こうして、最新鋭機B787は進路を変更。
向かった先は、地図から消える伝説でおなじみの「バミューダ諸島」でした。
美しいリゾート地、バミューダ国際空港に降り立ったKLM機。
空港のスタッフたちは驚いたことでしょう。
まさか「ブタが臭いから」という理由で、飛行機が降りてくるとは。
しかし、ここからの対応が素晴らしいんです。
飛行機はすぐに再出発できません。
臭いの換気もしなければならないし、何よりブタさんたちのケアも必要です。
結局、この便はバミューダで一泊することになりました。
259名の人間の乗客たちは、航空会社が手配したホテルへ。
そして100頭のブタさんたちも、検疫施設などの適切な場所へ移動して「宿泊」することに。
現地の空港広報担当者は、メディアに対してこうコメントしています。
「我々は、二本足のお客様も、四つ足のお客様も、等しく丁重におもてなししました」
ユーモアと優しさにあふれた、最高の対応ですよね。
乗客の皆さんは予定外の足止めで大変だったかと思いますが、数年後にはきっと「あの時のブタ事件、ひどかったけど笑えたよね」という、最高のお土産話になっているに違いありません。
旅は何が起こるかわからない
翌日、十分に換気され(おそらく消臭も徹底的に行われ)、リフレッシュしたKLM機は、約26時間の遅れで無事にメキシコシティへと到着しました。
今回の事件で誰も怪我をしなかったこと、そしてブタさんたちも無事だったことが何よりの救いです。
私たちが普段乗っている飛行機。
その床下には、私たちのスーツケースだけでなく、時には100頭のブタや、もしかしたらもっと驚くようなものが乗っているのかもしれません。
もし、次のフライトで「おや? なんか変なにおいがするぞ?」と思ったら……。
もしかすると、床下で動物たちがパーティーを開いている合図かもしれませんね(笑えませんね・・)
それにしても、最新のテクノロジーが詰まった数億ドルの航空機を、その「香り」だけで着陸させたブタさんの実力、恐るべしです。
世界はまだまだ、私たちの知らない「まさか」に満ちていますね。 それでは、皆様もよい空の旅を(できれば無臭で)!

参考記事
Pigs do fly(The Sun)
Pigs Can’t Fly: The Peculiar Reason KLM 787-9 Diverted To Bermuda(Live and let’s fly)