Planespotter Geneva

「世界最長のフライト」と聞いて、あなたはどこの航空会社を思い浮かべるでしょうか?

これまでは、シンガポール航空が運航するシンガポール〜ニューヨーク線(約19時間)がその代名詞でした。
しかし、2025年12月、その記録を大幅に塗り替える驚愕のフライトが誕生しました。

その所要時間は、なんと片道約29時間

丸一日以上、機内から一歩も出られないという、まさに「空飛ぶ耐久レース」とも言えるこの路線。
今回は、中国東方航空が開設した上海〜ブエノスアイレス線の全貌と、なぜこれほどまでに時間がかかるのか、その裏側にあるカラクリについて解説します。

地球の裏側へ挑む「MU745便」の概要

今回話題となっているのは、中国東方航空(China Eastern Airlines)が運航を開始した、上海(浦東)発ブエノスアイレス(エセイサ)行きの「MU745/746便」です。
機材は長距離路線の主力であるボーイング777-300ERが使用されています。

中国とアルゼンチンは、地理的にほぼ「対蹠点(地球の真裏)」に近い関係にあります。
そのため、どのようなルートを通っても超長距離飛行は避けられません。
これまでこの区間を移動するには、ヨーロッパやアメリカ、あるいは中東を経由して乗り継ぐのが一般的で、トータルで30時間以上かかるのが当たり前でした。

そこに登場したのが、今回の「同一便名で飛び続ける」という新ルートです。

なぜ「29時間」もかかるのか?

このフライトの最大の特徴は、その飛行時間にあります。

  • 上海発(MU745): 約25時間55分
  • ブエノスアイレス発(MU746): 最大約29時間

特に帰りのブエノスアイレス発が29時間にも及ぶ理由は、偏西風(ジェット気流)の影響を強く受けるためです。
向かい風の中を突き進むため、どうしても往路より時間がかかってしまいます。

しかし、航空ファンの方ならここで疑問に思うはずです。
「ボーイング777-300ERの航続距離はそんなに長くないはずだ」と。

実はこのフライト、ノンストップ(無着陸)ではありません。
ここに「29時間缶詰め」の理由が隠されています。

オークランドでの「テクニカルランディング」という試練

この便は、ニュージーランドのオークランドを経由します。
しかし、これは通常の経由便とは事情が異なります。

オークランドでの着陸は、あくまで給油とクルーの交代を目的とした「テクニカルランディング」です。

通常の経由便であれば、一度飛行機を降りてターミナルで休憩したり、場合によっては別の飛行機に乗り換えたりします。
しかし、このMU745便の場合、上海からブエノスアイレスへ向かう乗客は、オークランドで飛行機を降りることができません(※保安上の理由や検疫等のルールによりますが、原則として機内待機となります)。

  • 給油作業が行われる間も座席に座ったまま。
  • 清掃が入るわけでもなく、同じ座席で待機。
  • そして再び離陸し、南太平洋を越えて南米へ。

これが、このフライトが「直行便」として扱われる理由であり、同時に「29時間連続で機内」という過酷な環境を生み出す要因でもあります。
シンガポール航空のニューヨーク線は「ノンストップ」での世界最長ですが、この中国東方航空の便は「(乗客が降りられないという意味での)単一フライトの拘束時間」として世界最長級の記録を打ち立てたのです。

航空ファン視点で見る「南半球ルート」の面白さ

この路線のもう一つの注目ポイントは、その飛行ルートです。

通常、アジアから南米へ向かう場合、北米や欧州を経由する北半球ルートが主流です。
しかし、この便はオセアニア(ニュージーランド)を経由する「南半球ルート」を採用しています。

これにはいくつかの戦略的なメリットが考えられます。

  1. ビザの問題: アメリカ経由の場合、乗り継ぎだけでもESTAやビザが必要になることがありますが、このルートならその手間が省ける可能性があります(中国籍の乗客にとっては特に大きなメリットです)。
  2. 地政学リスクの回避: ロシア上空や紛争地域を避けるルートとして、南半球回りは安定した運航が見込めます。

29時間をどう過ごす?究極の機内体験

想像してみてください。エコノミークラスの座席に29時間座り続ける状況を。

映画を3〜4本観て、食事を3回とり、仮眠を数回とっても、まだ到着していないかもしれません。
機内の乾燥、気圧、そして何より「動けない」ストレス。
これはもはや移動というよりは、一種の修行に近い体験かもしれません。

しかし、ボーイング777-300ERのGE90エンジンの音を29時間聞き続けられる・・・ファンにとっては「至福の時間」と言える……かもしれません。

まとめ:世界はまだ広かった

技術の進歩により、地球上のあらゆる場所へ短時間で移動できるようになりましたが、物理的な距離の壁は依然として存在します。
上海〜ブエノスアイレスという対蹠点同士を結ぶこのフライトは、現代の民間航空が挑める限界ギリギリの運用を見せてくれています。

「29時間の空の旅」
あなたは耐えられますか?
それとも、話のネタとして一度は乗ってみたいと思いますか?


参考記事
29 hours in the sky: China Eastern’s Shanghai-Buenos Aires flight sets record for ultra-long travel(Euro News)