
「果物の王様」こと、ドリアンを食べたことはありますか?
「悪魔のような香り、天国のような味」と形容されるこのフルーツ。
ひとたび口にすればその濃厚なクリームのような甘さに虜になる人も多いですが、その強烈な「香り」については、議論の余地がないほど個性的・・。
(ちなみに、わたしは食べたことはありません)
地上で食べている分には「なにか、臭う?」で済むかもしれませんが、もしこれが、逃げ場のない高度1万メートルの密室、つまり飛行機の中で充満してしまったら……?
実は、世界ではこの「ドリアン臭」が原因で、飛行機が緊急着陸したり、乗客が反乱(!)を起こしたりといった、信じられないようなトラブルが何度も起きているのです。
今日は、当事者にとっては笑えない、ドリアンが引き起こした世界の航空インシデントを5つご紹介します。次に飛行機に乗るとき、思わず鼻をひくつかせて確認したくなってしまうかもしれませんね。
1. まさかの緊急事態宣言!パイロットが酸素マスクを装着(2019年)
まず最初にご紹介するのは、カナダの航空会社で起きた、まるでパニック映画のような一件です。
2019年|エア・カナダ ルージュ(Air Canada Rouge)
モントリオール発バンクーバー行きのAC2043便での出来事です。
離陸してしばらくすると、客室にどこからともなく強烈な異臭が漂い始めました。
機内は騒然となります。
「何かが腐っているのではないか?」
「有毒ガスか?」と不安がる乗客たち。
事態を重く見たのはコックピットのパイロットたちでした。
臭いがあまりにも強烈だったため、彼らは「酸素マスク」を装着して操縦を続けるという判断を下したのです。
通常、パイロットが酸素マスクをつけるのは、機内の急減圧や火災発生時など、命に関わる緊急事態のみ。
まさかその原因がフルーツだとは、管制塔も驚いたことでしょう。
調査の結果、原因は貨物室に積まれていたドリアンであることが判明しました。
貨物室の空調システムを通じて、その濃厚な芳香が客室全体に回ってしまったのです。
結局、安全を最優先して飛行機は出発地へ引き返すことになりました。
複数の客室乗務員が体調不良を訴えるほどの「破壊力」だったそうです。
2. ドリアン2トン VS 乗客! 前代未聞の「搭乗拒否」騒動(2018年)
次にご紹介するのは、インドネシアで起きた「量」が規格外の事件です。
2018年|スリウィジャヤ航空(Sriwijaya Air)
インドネシアのスマトラ島にあるベンクル空港での出来事です。
ジャカルタへ向かう便に乗り込んだ乗客たちを待っていたのは、鼻が曲がりそうなほどの強烈なドリアン臭でした。
エアコンが稼働しても臭いは消えるどころか増すばかり。
たまらず乗客たちは「こんな臭い飛行機には乗れない!」と抗議の声を上げ始めました。
さらに、その抗議は乗客全員に広がり、ついには「ドリアンを降ろさないなら、我々は飛ばない」という、乗客による一種のストライキにまで発展してしまったのです。
それもそのはず、なんとこの便の貨物室には、2トン以上ものドリアンが積載されていたのです。
2トンといえば、小型の象一頭分くらいの重さです。
それが全てドリアンだったと想像すると……恐ろしいですね。
結局、航空会社側が折れ、1時間かけて全てのドリアンを貨物室から降ろすことになりました。
ドリアンが滑走路に並べられるシュールな光景を想像すると少し笑ってしまいますが、無事に臭いの元が断たれ、飛行機は遅れて出発しました。
3. 最新鋭機も勝てず? ヨーロッパの空で起きた異臭騒ぎ(2023年)
比較的最近起きたこの事件は、ドリアンがアジアだけの問題ではないことを教えてくれます。
2023年|ターキッシュエアラインズ(Turkish Airlines)
イスタンブールからバルセロナ(一部報道による)へ向かっていたエアバスA330型機。
最新鋭の設備を備えた大型機ですが、離陸して間もなく、センサー類が「異変」を検知しました。
客室乗務員たちが原因を調査して回ると、やはり漂ってくるのはあの独特な香り。
乗客の中には気分の悪さを訴える人も出始めました。
原因はやはり、貨物室に紛れ込んでいたドリアンでした。
機長は「このまま飛行を続けるのは、乗客の快適性と健康にとってリスクがある」と判断。
飛行機は目的地へ向かうのを諦め、出発地へと引き返すことになりました。
センサーが火災などの危険信号と誤認した可能性もありますが、いずれにせよ、最新のハイテク飛行機であっても、自然界が生み出した強烈な個性には勝てなかったようです。
4. 「ただの臭い」では済まされない? 健康被害の数々
ここまでは個別の事件を見てきましたが、実は2018年頃、AFP通信をはじめとする多くのメディアが「ドリアンによる航空被害」を総括して報じています。
「臭いくらい我慢すればいいじゃないか」と思われる方もいるかもしれませんが、空の上ではそうもいきません。
報道によると、過去の事例では以下のような深刻な症状が報告されています。
- 激しい頭痛や嘔吐感: 密閉空間で逃げ場がない精神的ストレスも相まって、体調を崩す乗客が続出します。
- 客室乗務員の職務不能: 保安要員であるCAさんが体調不良で倒れてしまっては、万が一の緊急時に避難誘導ができません。
- 火災報知器の誤作動: 一部のガス検知器や煙探知機が、ドリアンの揮発成分に反応してしまうケースもあると言われています。
こうして見ると、ドリアンの持ち込みは単なるマナーの問題ではなく、立派な「運航阻害要因」になり得ることがわかりますね。
5. ついにルール変更へ。航空会社たちの「ドリアン対策」
最後は、こうした数々のトラブルを経て、航空会社たちがどのように対応を変えてきたかというお話です。
かつては「しっかり梱包していればOK」としていた航空会社もありました。
しかし、中国東方航空をはじめとする中国や東南アジアの多くの航空会社は、2010年代半ばから運送約款(ルールブック)を改定し始めました。
その内容はシンプルかつ厳格です。
「強烈な臭気を発する物品(ドリアン等)の持ち込み・お預かりは一切禁止」。
理由は「気圧」です。
地上では密閉容器に入って臭わなくても、上空に上がって気圧が下がると、容器が膨張したり、わずかな隙間から空気が漏れ出したりします。
中国東方航空などの事例では、貨物室で漏れ出した臭気が空調ダクトを通り、客室全体にシャワーのように降り注いでしまった経験が、ルール改定の決定打となったようです。
現在では、ドリアンの産地であるタイやマレーシアの空港に、「No Durian」のステッカーが貼られているのをよく見かけます。
あれは単なるお願いではなく、過去の教訓から生まれた「鉄の掟」だったのですね。
おわりに
いかがでしたでしょうか? 「ドリアン臭による航空インシデント5選」、意外にもスケールの大きな話ばかりでしたね。
美味しいけれど、時として飛行機を止めてしまうほどのパワーを持つドリアン
。もし皆さんが東南アジアへ旅行に行って、現地で美味しいドリアンに出会ったとしても、お土産に持って帰るのは諦めましょう。
「バレないだろう」と思ってスーツケースに入れても、上空1万メートルでその香りが解き放たれ、緊急着陸……なんてことになったら、旅の思い出どころではありませんからね。
空の旅は、お互いに気持ちよく、そして「無臭」で楽しみたいものです。
参考記事
Pilots don oxygen masks and make emergency landing when durian stinks out plane(Independent)
機内にドリアン臭が充満、乗客が搭乗拒否 インドネシア機出発遅れ(Cnn.jp)
Smell From Durian Fruit Causes Diversion Of Turkish Airlines Airbus A330(Simple flying)
ドリアン積載の旅客機、乗客らが異臭で苦情訴え搭乗拒否 インドネシア(APF)