2014年11月、デルタ航空DL294便が硫黄島に緊急着陸したというニュースを、覚えている方もいらっしゃるかもしれません。
関西空港を出発した旅客機が、太平洋上空でエンジントラブルに見舞われ、普段は自衛隊が運用する島へ降りた出来事です。
着陸自体は安全に行われましたが、その後、乗客の方々は島に降りることができず、機内で長時間過ごすことになりました。
硫黄島は日本の領土でありながら、一般の空港とはまったく違う「特別な場所」です。
そのために生じた制約が、この緊急着陸の一件から見えてきます。
今回は、その背景を丁寧にたどりながら、緊急時の対応や航空の安全を支える仕組みについて考えてみたいと思います。


異常発生は上空1万メートル——航路上の“最寄り地”を選択

DL294便はボーイング757-200型機(登録番号N545US)

搭乗者は乗客163名、乗員8名の計171名でした。
離陸からおよそ2時間後、巡航高度に達していた機体の左側エンジンに不具合が発生。
状況は深刻で、目的地のグアムまで飛び続ける選択肢は取れなかったようです。

太平洋上空には、民間機が緊急時に利用できる代替空港が限られています。
パイロットと運航管理者は、最寄りに位置していた硫黄島の航空基地への着陸を選択しました。

硫黄島は自衛隊の管轄下にあり、民間機の利用は原則できないルールです。
しかし、太平洋路線の安全網として滑走路は整備され、空港コード「IWO」もついているのです。
まさに緊急時のための存在なのですね。

12時58分、硫黄島へ着陸——乗客は島に降りられず

DL294便は午後12時58分、硫黄島に着陸しました。
関西空港から離陸して約2時間40分後のことで、幸いにも怪我人の報告はありませんでした。
安全な緊急着陸ではありましたが、ここで新たな問題に直面します。

硫黄島は自衛隊の軍事基地であり、民間人の立ち入りが原則禁止
滑走路こそ国際線の緊急用として維持されているものの、一般旅客を受け入れるための

  • 誘導・警備体制
  • 一時滞在施設
  • 医療・生活インフラ
  • 旅客の安全管理手順

といった機能が一切ないのです。

このため、
法律上は日本領土で入国審査は不要であっても、
運用上・安全上の理由で乗客を機外に出すこと
ができなかったのです。

乗客163人は、代替機が到着するまで 約6〜9時間を機内で待機するしかありませんでした。

乗客からは「窓の外には何もなく、ただ待つしかなかった」と、後日、証言もありました。

夜になり、成田空港から整備チームを乗せた代替の757型機が硫黄島に到着。
乗客は機材を乗り換え、硫黄島を21時台に出発、最終的に、グアムには翌日の0時25分に到着しました。

エンジンは島で交換へ——機体はそのまま硫黄島に滞在

デルタ航空は、緊急着陸した元の機体は、エンジンを交換する必要がある、発表しました。
代替機で派遣された整備チームによって、整備作業が行われましたが、
民間機が硫黄島に長期間とどまってのは、非常に珍しいケースだと思います。

なぜ硫黄島は「使える」のか——太平洋路線の安全網

一般人の立ち入りが制限されているにもかかわらず、硫黄島が緊急着陸に使われるのは理由がある。

硫黄島の航空基地は、
太平洋航路の安全確保を目的としたエマージェンシー用滑走路、という側面を持っているようです。

日本とマリアナ諸島(グアム・サイパン)を結ぶルートの直下に位置しているため
航空会社や各国の運航管制は、緊急時の代替候補地点として位置づけているといいます。

普段は閉ざされているが、緊急時には民間機を受け入れるための「最後の砦」といってもいいのではないでしょうか。

事件が示したもの——安全性と対応の限界

今回のDL294便の事例は、航空安全の観点では適切な判断が行われた典型例である一方、旅客対応の難しさも浮き彫りにしました。

  • 軍事基地には旅客受け入れ環境がない
  • 状況によっては長時間の機内待機が避けられない
  • 救援機の派遣には多くの時間と人員が必要になる

国際線の運航では、緊急事態の際は、「最寄り空港へ着陸」という原則が優先されるようですが、着陸先が旅客を受け入れられるとは限らないのです。
この現実を理解させる事例として、硫黄島緊急着陸は非常に象徴的であったと感じました。


参考記事
Flyteam
PPRuNe
J cast news